悩み

「男性器摘出」健康診断の問診票に書く?書かない?問題

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2017年9月19日 配信
引用元:現代ビジネス

男性として生まれたものの自らの「性別」に違和感を覚え、同性愛、性同一性障害など、既存のセクシャルマイノリティへ居場所を求めるも適応には至らず、「男性器摘出」という道を選んだ鈴木信平さん。
そんな鈴木さんが、「男であれず、女になれない」性別の隙間から見えた世界について描いていきます。
今回は鈴木さんにとって憂鬱な一大イベント「健康診断」について大いに語ります。

 

まだ私の体が男子だった頃…

これだけは最初に、はっきりと宣言しておきたい。

断じて性的興奮ではない。

まさか下半身にも独立した意志があるなんて話ではなく、これは純粋に、頭にある脳が想像して、夢見たということ。

魔が差したと言うような背徳感はなく、積年の願いと言う程の思い入れもない。

ふと、試してみただけのこと。

もしや、これって!」とひらめいただけのこと。
そしたら思いの外、楽しかったという話。

まだ私の体が男子だった頃。

手元にあったのは、友人から誕生日にもらった泡風呂になる入浴剤。
どうせ靴下を履いてしまうのだからと強気に塗ったのは、真っ赤なネイル。
そもそも豪華ではない体毛は、日常からキレイに処理していた。

説明書きに従って、バスタブに少しお湯がたまったころに入浴剤を入れ、勢いよくお湯を足していく。
場合によってはシャワーを使って水面を躍らせてもいい。

あっという間に、溢れそうなくらいの泡がバスタブを埋め尽くしていった。

ちなみにこういう時は、出来る限り本気になった方が面白い。

キッチンの奥から結婚式の引き出物でもらったシャンパングラスを引っ張り出して、その中に冷蔵庫の中にあるレモンサワーを勢いよく注ぐ。
シャンパンが冷蔵庫に常備されているような生活は送っていないから、ここばかりは代用品で仕方ない。

伸びた髪は高い位置でラフに束ねて、多少は襟足におくれ毛が流れるようにする。
ちょっと色気が増したような気がして、テンションが上がった。

言葉にならない英語の歌を鼻歌交じりに歌いながら、つま先を意識して私は泡風呂に足を入れる。
首まで泡の中に沈んだなら、真っ赤に塗った足先を視線の先に泡の中から少しだけ覗かせて、シャンパングラスに注いで持ち込んだレモンサワーを一口含む。

気分はマリリン・モンロー?
『プリティ・ウーマン』のジュリア・ロバーツ?

あぁ、この「ごっこ」は、思った以上に楽しいっ!!

健康診断がトラウマに

そんな楽しみから数日後のこと。

私は健康診断を受けるクリニックの男性用更衣室で靴下を脱いだ瞬間に硬直し、一気に赤く色づいたであろう耳を、伸びた髪で必死に隠していた。

失敗した。

今日が健康診断であることと、私の足の爪が真っ赤であることがこんなところで密接に関係していることを、私は愚かにも想像できずにいた。

しかもクリニックのスリッパがもれなくオープントゥという悲劇。
検査着に着替え終わるのと時を同じくして、逃げも隠れもせず健康保険証の性別と足先の色に大きなギャップを展開していた。

変な目で見られるかもしれない。
ただ、不安に支配されていた。

けれども、実際には体重測定や心電図計測でスリッパを脱ぐ機会にあって尚、一度として看護師や検査技師が私の足先に居座る真っ赤なペディキュアに触れることはなかった。

これも時代なのか?
相手もプロということか?

もしも「あら?」の一言でも言ってくれれば、意を決して「可愛いでしょ?」くらいの返しは出来たかも知れないのに、誰一人として触れてくれないものだから、さすがに自分から数日前の「ひとり遊び」を語り出すわけにもいかず、ただただ固まる姿はさながら地蔵、すべては苦行の時間として過ぎていった。

それが30才を少し過ぎたころの話。

性差を明確にされる健康診断など、そもそも私にとっては疎ましい以外の何物でもないのに、こうした自らの失態によって嫌悪感は更に増幅され、私は健康診断を更に毛嫌いするようになっていったのです。

2017年、芽生えた小さな使命感

あれから何年もの月日が経ち、慣れるには十分な回数を与えられても、私が健康診断を嫌がるのは変わらなかった。

例え足の爪に真っ赤なペディキュアを塗っていなかったとしても、受付で保険証を提示し、その性別を確認して男子更衣室に通され、どこの誰かも知らないオジサンの隣で検査着に着替え、ベルトコンベアに流される検体のごとく所々で半裸を強要される。

こんなもの、苦痛以外の何物でもない

体の健康を確認するために、心の尊厳に極めて近い部分を危機的状況に晒す。

これがどういうものかと例えるのなら、世間ではナイスミドルの評価を受けるオジサンが、娘ほどの若い女医に優しくなだめられながら前立腺の触診を受ける感じと言えば近いのか?
通勤には必ず女性専用車両を選ぶ独身女性が、同じ年頃の男性医師の前でマンモグラフィーにかかる気持ちに似ていると言えば近いのか?
この思いに代替する状況が人にとっての何かはわからないけれど、いずれにしても私にとっての健康診断は、ずっと苦悩の種でしかないものだった。

ただ、今年は少し様子が違っていた。

2017年3月、本名をもって『男であれず、女になれない』というタイトルの本を出版した私は、その内容が自らのセクシャリティを大々的にカミングアウトしたものであることもあり、さらには自分がもう人の親であって然るべき中年であることも手伝って、胸中にほんの小さな使命感とか、責任感とか、勇気とか、踏ん切りとか、そういった前向きな気持ちを芽生えさせていた。

健康診断の問診票に『乳房切除』『卵巣摘出』って書く?

数年前に女性から男性へと性別適合手術を受けた先輩に聞いてみた。

最初は書いたけど、今は面倒だから書かないね……

使命感の灯を抱いた私は、「最初は書いたけど」の部分を採用した。

既往歴(大きな手術): 2015年 男性器摘出

体重を多少軽めに、日頃の飲酒量を大幅に少なめに書いた問診票の既往歴に、私は初めてそう書き、今までとは違う気持ちで健康診断に臨むことを決めた。

そして、健康診断の当日

会社指定のクリニックへ向かう。
初夏の季節に緊張が相まって、しっとりと汗をかいた。

受付にて名乗り、健康保険証を提示する。
続けて余計な折り目が付かないようにとクリアファイルに入れていた問診票をバッグから取り出し、受付のスタッフに「お願いします」と挨拶に合わせて手渡した。

受付スタッフは問診票にさっと目を通して後、疑いないスムーズさで「あちらの椅子にお掛けになってお待ちください」と言った。
こちらも負けじと余裕を演出して椅子に座る。
一筋の汗が背中を伝っていった。

壁に掲示してある健康的生活を喚起するポスターに目を移すが、実際のところ情報は何も入ってこない。
脳内には自ら問診票に書いた「男性器摘出」の文字が浮かび、鼓動が耳の中の血管までも収縮させるのか、ドクンドクンと他には聞こえないであろう音を響かせていた。

長くはない時間を経て声をかけられる。

返事をして受付に立つと、小さいけれど確かな声でスタッフは言った。

更衣室はいかがいたしましょうか? 少し離れますが、同じフロアに人間ドック用の個室がありますが、ご利用されますか?

言い終わるか終らないかのタイミングで受付を出て私の隣に立つ。

ご負担でなければ、大変助かります

返事をすると、

承知いたしました。それでは検査着をこちらで選んでください。更衣室へご案内いたします。あ、検査着はどちらの色でも良いですよ

とスタッフは笑顔で言った。

目の前には黒と青とピンクの検査着が並んでいた。
私は少し考えて、黒の検査着を選んだ。
検査着に色分けをすることの必要性は分からないけれど、それが2色ではなく3色であるのが有難かった。

若手医師「その、つまり…」

誰もが首からぶら下げた名札に記載の番号で呼ばれ、その都度、問診票と実施検査項目の書類が挟まれたクリアファイルを看護師や検査技師へと渡す。

私がフロアを横断し、個室の更衣室で着替えをしている間に何かしらの申し送りがあったのかも知れないが、あらゆる検査を行っている間中、私が自分の性別を過度に意識し、それによって苦しさや惨めさを感じることはなかった。

そして最後に迎えたのが内科検診。

番号を呼ばれて指定のドアを開けると、そこにいたのは顔に頑固さが染みついた老医師でもなく、繊細でケア精神もいっぱいという雰囲気の中年医師でもなく、「六本木大好きです!」という風貌の、明らかに年下の若手医師だった。

決して日常生活の産物ではないであろう程にこんがりと焼けた肌と、天然では起こりえないほどに白さの際立つ歯のコントラストが印象的だったことを覚えている。

例の問診票を手に、定型であろう会話が続く。

そして一通りの問診を終えると、仮称「六本木ドクター」は意を決するためなのか、「えーっと……」と少しだけ躊躇いを見せた後、おそるおそると表現して差し支えないほどの口調で言った。

その、つまり、ですね、もう工事はお済みであると……

来た!今日一日の集大成となる一言だった。
と同時に、脳内を一つの判断が駆け抜ける。

バカだ!こいつ、結構なバカだ!見た目を一切裏切らないタイプのバカだ!

相手が私でよかった

正直なところ、私は使われる言葉にあまりこだわりがない。
その一言が意図的な差別意識をもって発せられたものの場合は別として、誰もがあらゆることに精通しているわけではない以上、知る限りの言葉を使って表現することに対しての抵抗は基本的にない。

例えば性別適合手術を「性転換手術」と表現されたとしても、目くじらを立てて相手の無知を罵ることもないし、否定もしない。

当事者かよほど性的マイノリティに関心のある人しか理解できない言葉が多いこともわかっている。

が、まさか「工事」とは。

お笑い番組に出ているバラエティタレントではない。
六本木フレーバー全開とはいえ仮にも医師である人間が、目の前のそれなりにセンシティブな事象に対して「工事」とは。

いくら私が言葉選びに神経質ではないにしても、この健康診断における多分な配慮に感謝していると言っても、許容値の限界というものがある。

そして私は、ささやかに吹いた。

この言葉を聞いたのが「私でよかった」と思いながら、不思議と嫌悪感や不快感は生まれなかった。

むしろ何故だか笑いが生まれ、私は終始リラックスを貫いていた。きっとこの若い医師が生んだものが、知った気になった上での否定ではなく、無知からの前向きな姿勢だったからだと思う。

やんわりと修正しつつ私は答えた。

そうですね。一般にいわれる『性別適合手術』の範疇かは判断できませんが、豊胸や造膣はせず、男性器は摘出済みです

彼の中で漢字変換が容易な状況を作るために、少しだけ明確な発声を意識した。

六本木医師は電子カルテに「性別適合手術」とメモを残し、私は現状で申告に値する不調はないことを伝えて検診は終わった。

後日、過剰かとも思いながら、一枚のハガキをポストに投函した。
宛先は、健康診断を受けたクリニック。
内容は、数々の配慮に対するお礼だった。

何を隠すことなく臨んだこの一歩が、次にクリニックを訪れる性に困難を抱える人の過ごしやすさに繋がるといいなと思う。

もちろん、投函したハガキの中に六本木医師の存在は登場しない。

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