性同一性障害

性同一性障害、自分貫くと世界が変わる 弱者住みよい町へ奔走

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2018年2月18日 21時00分 配信
引用元:京都新聞(Yahoo!ニュース)

がん予防やボランティア活動に取り組む赤坂マリアさん(47)

30~40代のころ、身近な人をがんで亡くす経験が相次いだ。
ダンサーら個人営業の人が多く、健康診断に行かず手遅れになったケースが多かった。
そのため、亀岡市内で高齢者ホームを営む傍ら、大腸がんの早期発見に向けた検便キットを配布する団体を設立し、活動している。

ただの“啓発”では多くの人に関心を持ってもらえない-と、今月4日、得意の歌やダンスを披露するトークショーを亀岡市内で開いた。
集まった市民300人以上を前に舞台に立ち、がん予防を呼び掛けた。

性同一性障害で、男性として生まれながら、心は女性だった。
小さい時から女の子と遊ぶことの方が多く、ドッジボールよりゴム跳びが楽しかった。
他の人と違う」。
はっきりと自覚したのは高校生の時。
しかし、厳格な父親や当時の閉鎖的な空気から「カミングアウト」することはできなかった。
20歳のころ渡米し、LGBT(性的少数者)に理解があるサンフランシスコでありのままに生きる人たちの姿をうらやましく感じたが、「今の日本では無理」と思いを封じた。

転機となったのは27歳。
車を運転中に壁に衝突する事故を起こした。
足やあごを複雑骨折し、3日間、生死をさまよった。
九死に一生を得て、決意した。

自分らしく、やりたいことをして生きていきたい」。
家族に打ち明けると、父と兄は嫌悪を隠さなかったが、母は「あんたはあんた」と受け入れてくれた。

それから文字通り「やりたいことをやる」生活を始めた。
大阪・ミナミでクラブやバー、お好み焼き屋などを経営しつつ、ジャズダンスを本格的に学び、ショーに立つようになった。
ラジオやスポーツ紙で人生相談を担当したり、脳性まひやダウン症の子どもたちのボランティアをしたり…。
人に喜んでもらえることが何よりうれしい。頼まれると断れず、やることが増えていった」と笑う。

再び転機が訪れたのは40歳のころ。
亀岡市で暮らす祖父母の介護のため移り住むことになった。
知り合いがいない土地で認知症がひどくなる祖父母を世話する日々。
くたくたに疲れたが、「どうせ2人介護するなら5人も10人も同じ」と発想を変え、有料老人ホームを開いて他のお年寄りも受け入れた。

そうした経験や自身の姿も重なり、お年寄りや障害児ら「弱者」といわれる人が住みやすいまちが、誰もが快適なまちになると気付き、実践したいと思うようになった。
現在は、障害児が家族と住めるグループホーム設立を目指している。

地域とつながると、いろんな人から相談を持ちかけられる。
子ども食堂や青色パトロール活動も手伝うようになり、子どもの知的好奇心を掘り起こすような居場所づくりも模索する。
がん予防の団体拠点も福岡、石川両県に広がり、協力者も増えた。
すっかり地域のおせっかいおばちゃん。今が一番面白い」と笑う。

本当の自分を隠していた時は、自分をレールにはめようとして、かえって歯車が合わないことが多かった。
自分を貫くと世界が変わり、120パーセント以上の力が出せるようになったという。
変わろうと思えば変われるし、失敗を恐れず、まずやってみたら」。
悩んでいる人にはそうエールを送る。

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