トランスジェンダー

「LGBTなんて言葉なくなればいい」元女子高生の僕が伝えたいこと

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2018年3月17日 配信
引用元:iRONNA

杉山文野(フェンシング元女子日本代表)

それはお前がいい男に抱かれたことがないからじゃねえか?」。
僕が「本当は男なんです」とカミングアウトしたとき、フェンシングのコーチからこう言われました。

僕はLGBTの中の「T」、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)です。
幼稚園のころから、自分は男だと思って男の子たちとサッカーをして遊んでいました。
でも、小中高と女子校に入ることになり、周りには女の子しかいない状況に「なんだかおかしいぞ?」と自分の性別に対する違和感を意識するようになったんです。

昔からスポーツが好きでしたが、その中でフェンシングを続けるきっかけになったのも、ユニホームに男女の差がほとんどなかったからなんです。
当時、剣道は女子だけ赤胴に白袴、テニスはスコートが主流でしたし、バレーボールもブルマー。
男女の差がはっきりと出るユニホームを着るのが本当に嫌だったんです。

小学生のころは、男子相手でもテクニックで打ち負かしていました。
でも中学校に上がるころになると、第2次性徴が始まり、一気に体格差が出てくるようになりました。
こうなると、ついこの前まで簡単に勝てていた男子の体があっという間に大きくなって、力もスピードも勝てなくなりました。
それに比べて、自分の体はどんなにトレーニングをしてもなかなか筋肉がつかない。
さらに、生理が始まって体調の変化もあるし、「体の変化」で男女の差が出てくるのは、自分にとってとても悔しいと感じるようになりました。

フェンシングは一般的に貴族のスポーツのように言われますが、実際はボクシングと変わらないくらい泥臭いスポーツなんです。
フェンシングだけではないと思いますが、フェンシング協会もクラブチームもかなり体育会系で、男尊女卑というか、男性優位な風潮が当時はありました。

例えば、合宿に行っても食事の準備や洗濯は女子がやって、男子の先輩は練習が終わればパチンコに行ってしまう、なんてこともありました。
男子選手が筋トレで体力がもたなかったりすると、「お前オカマかよ!」とか、「情けねえな、女じゃあるまいし」とか、そういった発言が当たり前のようにありました。
もっと言えば「お前は女なんだから」と、どうしても女性を見下すような雰囲気がありましたね。

でも、当時のフェンシング仲間はすごく楽しくて良い人たちばかりでした。
ただ、良い人であることと、差別的な表現をしてしまうことは、まったく別軸にあったように思います。
誰も悪気はなく、男尊女卑のような表現をするのが当たり前だったんです。
当時はジェンダーやセクシュアリティに関する情報がほとんど出ていなかったからなんだと思います。

2004年にフェンシング日本代表入りを果たし、世界選手権に出場した1年後に引退するまで、自分はずっと「」だと思っているのに、「女子」の部に出ているのはなぜなんだろう、と葛藤を繰り返していました。
別に悪いことをしているわけでも、ドーピングをしているわけでもないのに、常に罪悪感のようなものが自分に付きまとっていたんです。
アスリートとしての道をこのまま進んでいれば、自分らしくなれないし、かといって男性ホルモンの投与や性別適合手術を受ければ、選手を続けることができない。
当時はその二者択一しか選択肢がなかったんです。

今振り返れば、100%競技に集中しているつもりでも、それと同じぐらいのエネルギーを、性別違和の悩みに使っていたんじゃないかと思っています。
白いTシャツ1枚じゃ胸が透けてしまうけれど、ブラジャーはつけたくなかったし、スポーツブラをつけていても違和感が常にありました。
女性用の更衣室でシャワーを浴びるにも、他の人と一緒の時間に入らないようになんとか時間をずらしたり、練習後に男子選手が気持ちよさそうにTシャツを脱いで裸になってパタパタ仰いでいるのをうらやましく思ったり、ホントに些細なことなんですが、いつも性別違和と向き合っていました。

そんな現役時代でしたが、実は本当に身近な人にはカミングアウトをしていました。
クラブチームの仲間は「文野は文野だよね」と受け入れてくれましたが、だからといって単純に心が晴れやかになるわけではありませんでした。

なぜなら、自分が本当は男で、これから男に移行していきたい、みたいな話をしているのに、女子選手に負けたりすると、僕の心の中にもある種の男尊女卑的な部分があって、「女子なんかに負けてしまって」と思ってしまうんです。
かといって男子にはかなわない。
だからフラストレーションはたまる一方でした。
周りは自分を受け入れてくれたにもかかわらず、自分の方が逆に居場所がないように感じることがありましたね。

それでも、自分にとって師匠と呼べるような人にカミングアウトしたときは「何があっても俺がお前の師匠であることは変わりない」と言ってもらって、すごくありがたいと思いました。
一方で、別の信頼していたコーチをはじめ、大半の人からは、冒頭の言葉のように「いい男に抱かれたことがないから、そんなこと言うんじゃねえか?」というような反応が多く、やっぱりスポーツ界でカミングアウトするのは難しいなと実感しました。

こんな自分の体験を踏まえても、いま現役選手がカミングアウトするのは難しいと思います。
本当はカミングアウトしたからといって、解決するわけじゃないんですよね。
カミングアウトすることで、逆に居場所がなくなってしまうこともあります。
僕は引退したから言えますけど。

メダルをとった選手で、実はLGBTだという人を個人的に何人か知っていますが、「やっぱり言えないよね」と言っていました。
なぜなら、特にメダルをとった選手は、家族にとっても自慢の息子や娘だし、地元やファンにとってもヒーローという期待が膨らむ中で、もしカミングアウトしてしまえば、それ自体が裏切り行為になってしまうのではないかと不安を抱えてしまうからです。

だから、カミングアウトするということは、本当の自分をオープンにすると同時に、「これまで黙っていたのは、みんなに嘘をついていた」と言うのと同じなんです。

もちろん、わざと嘘をついているわけではないし、嘘をつかざるを得ない状況に追い込まれていた事情があるからなんですが、これは社会の責任だと僕は思っています。
でも、はっきり社会の責任だと声を大にして言いづらいのも事実です。
自分のせいだと、責任や罪悪感を強く感じてしまう状況でカミングアウトするのは、とてもハードルが高いんです。

その一方で、スポーツは社会を変える力があると信じていますし、2020年の東京五輪は大きなチャンスになり得ると思っています。
リオ五輪の時には、パラリンピックと合わせて50人以上がカミングアウトしたり、試合後に公開プロポーズしたり、いろいろなことがありましたよね。
なぜそういうことをするかというと、五輪という世界中から注目をされているときに発信しなければ、私たちの声を取り上げてもらえないからです。
だから、タイミングを見計らって情報発信するんですよね。

東京五輪では、実は取り組みの一つとして、世界初のLGBTパレード「アジアンプライド」をやってみたいと思っています。
ワールドプライド」という世界規模のLGBTパレードは既にありますが、アジアという枠組みではやったことがないので、台湾や韓国など、アジア各国と連携してできればと考えています。

また、2020年に向けてアライ(LGBTを理解し、支援する人)アスリートの人たちにも、表に出てもらいたいと考えています。
現役選手がカミングアウトするのはまだまだ難しいけど、それを理解してくれる人、支援してくれる人を可視化することで、スポーツ界でも発言しやすい環境をつくっていくことから始めていけたらと思っています。

スポーツ選手って、子供たちの憧れの的じゃないですか。
そういう人たちがカミングアウトできるようになったら、それは本当に大きな夢と希望になります。
僕だって、会う人会う人に「元女子高生です」なんて言いたくないですから。
でも、言わないと「いない人」になってしまいます。

近い将来、LGBTなんて言葉がなくなればいい。

そのために、今はまだ言わなきゃいけない時代なんです。

(聞き手 iRONNA編集部、中田真弥)

すぎやま・ふみの

フェンシング元女子日本代表、株式会社ニューキャンバス代表。
1981年、東京都生まれ。
早稲田大大学院教育学研究科卒業。
LGBT(性的少数者)の支援に取り組むNPO法人「東京レインボープライド」共同代表理事、NPO法人「ハートをつなごう学校」代表として、講演会やメディア出演など活動は多岐にわたる。
日本初となる渋谷区・同性パートナーシップ証明書発行に携わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務める。
著書に『ダブルハッピネス』(講談社)。

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