トランスジェンダー

共学に通う「トランスジェンダー学生」の現実

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

2018年9月3日 12時20分 配信
引用元:東洋経済ONLINE

日本初のトランスウーマン教員が解き明かす

お茶の水女子大学は7月、生まれたときに割り当てられた性別から移行する「トランスジェンダー」の学生受け入れを発表した。
一方、共学ではトランスジェンダー学生はどのように受け入れられているのか。
トランスウーマンであり、大学教員である性社会・文化史研究者の三橋順子さんが解説する。


7月に、お茶の水女子大学がトランスウーマン(男性から女性へのトランスジェンダー)の学生受け入れを2020年度から始めると表明すると、マスコミ各社が一斉に報道し、Twitterなどでも多くの意見が交わされた。
おそらく、大学当局が予想した以上の反応だっただろう(参照:「心は女性」の学生を女子大が受け入れる意味)。

日本の女子大学がトランスウーマンを受け入れることは画期的なことだし、トランスジェンダーにとっての「法の下の平等」という観点で間違いなく大きな前進だと思う。

また、今回のことでトランスジェンダーの学生に対する社会的関心が高まるのも、良いことだと思う。
しかし、その一方で、長年この問題にかかわってきた者として、少し首を傾げたくなる部分もある。

共学ではどう受け入れられてきたか

今回のニュースは、女子大学という、性別によって入学資格を制限するという特異な大学でのことだ。
だからこそ、多くの社会的関心を集めたわけだが、世の中の圧倒的多数の大学は男女共学であり、そこではすでにトランスジェンダーの学生が学んでいる。

多くのトランスジェンダーの受験生にとっては、共学の大学への進学こそが現実的選択肢だ。
ところが、ほとんどのニュースは、共学の大学にトランスジェンダーの学生がいることについて言及しなかった。
おそらく、一般の方たちも、共学の大学におけるトランスジェンダー学生の実際に、イメージが及ばないのではないだろうか。

そこで、共学においてトランスジェンダー学生は、どのように受け入れられているのか。
そして、そこに至るまでには、どのような経緯や歴史があったのか、トランスウーマンであり大学教員である筆者が、見てきたこと考えてきたことを記してみたい。
事の成り行きから、筆者自身のキャリアに則した書き方になることをお許し願いたい。

前の世紀、つまり1990年代までは、大学におけるトランスジェンダーはほとんど顕在化していなかった。
筆者もそうだったが、内心はどうあれ、とりあえず戸籍上の性別のファッションで通学している人がほとんどだった。

ただ、まったくトランスジェンダーっぽい人がいなかったわけではない。
当時、早稲田大学の学生で東京・六本木のニューハーフ・パブで働いていた人が、かなり女性的なファッションで大学に通っていたという話を聞いたことがある。
大学という場、とりわけ、大規模な大学だと、学生がどんなファッションで通学しても(服さえ着ていれば)あまり気にしないものだ。
単なる「変わった人」で済んでしまう。

大学という場で、トランスジェンダーが顕在化してくるのは、今世紀、2000年代になってからのことだ。

筆者は、2000年度に中央大学文学部の兼任講師に任用され、「現代社会研究5」という社会学系の科目を担当した。
同年度に琉球大学の非常勤講師になった蔦森樹(つたもりたつる)さんとともに、日本最初のトランスジェンダー大学教員だった。

最初の講義の日、週刊誌が3誌も取材に来て、写真週刊誌『FLASH』は見開きページで報じた。
それが世に出ると、今度はテレビ局の取材依頼が続いた。
バラエティ系は全部お断りして報道系に限定したが、それでも14回の講義のうち5回、教室にテレビカメラが入るという状況だった。
それと同時に大量の抗議電話・メールが大学に殺到した……らしい(広報課が、私の目に触れないようにディフェンスしてくれたので見ていない)。

今では考えられないほどの大騒動になってしまった。
わずか18年前のことだが、当時はトランスジェンダーが大学の教壇に立つということは、それだけ社会的な衝撃だった。

「六大学」でトランス学生について講演

初回の講義のとき、教壇から約180名の受講生を見渡すと、かなり性別表現が微妙な学生が1人、目に留まった。
やはり同類はわかる。
なんだ、学生にもいるんじゃないか」。
急に気持ちが楽になったのを覚えている。

その後、中央大学の社会科学研究所の客員研究員をしているとき、「学生相談室の職員研修会で話をしてほしい」という依頼があった。

そして2002年8月、中央大学で行われた「六大学学生相談室連絡会議」夏季研修会で「性別違和感を抱える学生をどう受け入れるか──トランスジェンダーと大学教育」と題する講演を行った。
ちなみに、この「六大学」は野球の東京六大学から、東京大学を除いて中央大学を加えた私立大学の集合体だ。

これが、大学におけるトランスジェンダー学生についての、たぶん日本初の講演だったと思う。

そのきっかけは、ある大学で女性から男性になりたい学生が顕在化したことだった。
それに対して、今では考えられないことだが、教授会で「けしからん!そんな学生は退学だ」という意見が出て、学生相談室の職員が「いくらなんでも、それはあんまりだ」と思い、筆者に話をしてほしいということになったらしい。

講演でトランスジェンダーの比率を説明し(当時は1万人に1人と言っていた)、「どの大学にも必ずいます」と話したにもかかわらず、いくつかの大学の学生相談員は「ウチの大学にはいないと思います」と平然と言ってきて、筆者に「見ようとしないから見えないのです!」ときつい口調でたしなめられる有様だった。
それが2000年代初めの大学の一般的な認識だった。

2005年度、お茶の水女子大学の非常勤講師となり、トランスジェンダーについて専門的に論じる日本で最初の講座を担当した。
そのときには、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(2004年7月施行)が機能していて、戸籍の性別変更が可能になっていた。

そのことを踏まえて、講義の中で「女子学生が在学中に男性へ戸籍変更したら、女子大学はどうするのでしょう?まさか退学にはできないですよね。逆に男性から女性に性別を変更した人が(社会人入試)で女子大学を受験した場合は拒絶できないですよね。法身分的に女性なのですから」という話をした。

講義終了後、研究室に戻ってジェンダー学の教授にその話をして「大学としてはどう対応するのですか?」と質問したら、「考えたこともなかったわ!」という返事だった。
それが13年前のことだ。

そうした状況が一変し、大きく進展したのは2010年代に入ってからだ。
とくに2012年に始まる「LGBTムーブメント」で性的マイノリティの社会的認知が広がり、大学内おいてもLGBT当事者の学生や教員の活動が急速に高まってきた。

LGBTの「T」に相当するトランスジェンダーの大学教員も少しずつ増えて、2018年度にはついに、東京の有名私大で常勤のトランスジェンダー教員が誕生した。
トランスジェンダーの教員がいるのだから、トランスジェンダーの学生がいても、何の問題はないという理屈になる。

トランスが社会に出ていく時代

世の中の人が思っている以上に、現在の大学にはトランスジェンダーは珍しくない。
共学の大学はもちろんだが、多くの女子大学にもトランスマン(女性から男性へのトランスジェンダー)の学生がいる(もちろん、お茶の水女子大にも)。

たとえば、筆者が今年度前期に受け持った受講生は2講座合わせて約500人だが、トランスジェンダーの学生は少なくとも2人いる。
つまり、250人に1人だ。
筆者の講座は、トランスジェンダーの比率が濃縮される傾向はあるが……。

1人は、「この道30年」の「目利き」の私が女子学生だと思ったトランスウーマンの4年生。
秋葉原の女装メイドカフェでアルバイトをしている。
もう1人は、性別違和が原因で引きこもっていた時期があり、そこから一念発起して入学したトランスマンの1年生。
他の学生より少し大人びたまじめな学生だ。
どちらも望みの性別で学生生活を送っている。

筆者の受講生ではないが、最近、あるパーティで、素敵なトランスウーマンの院生に出会った。
慶應義塾大学大学院(修士課程)で空間デザイン戦略を研究している畑島楓さんだ。
女性として某有名建築設計事務所への就職が内定しているとのこと。
トランスジェンダーがどんどん社会に出ていく時代になることを実感した。

トランスジェンダーの学生が、どれだけいるか、残念ながら信頼できる調査データはない。
筆者が見たところ、少なくとも2000人に1人くらいはいると思う。
1万人に5人(0.05%)ということになる。

筆者が非常勤講師をしている明治大学は在学生3万2000人なので16人くらいいる計算になる。
早稲田大学は5万2000人なので26人くらいいるはずだ。
少ないといえば少ないが、無視できる数ではない。

ついでに言うと、日本では、若い人に限ると、トランスウーマンよりトランスマンの方が圧倒的に多い。
20代のトランスジェンダーだと、おそらく1:4~5くらいの比率だと思う。
この点も世の中のイメージと大きく実情が違う。

2015年くらいから、各地の大学(国際基督教大学、明治大学、早稲田大学、大阪府立大学、龍谷大学、筑波大学など)でトランスジェンダー学生への対応ガイドラインが策定され、望みの性別での通称名の使用を認めるなど、積極的な対応がなされている。

特に、2018年度から導入された筑波大学のガイドラインは、病理を前提にしない(診断書の提出を求めない)対応方針で、かつ極めて詳細。
今後、他大学のお手本になるだろう。

ガイドラインがない大学もまだ多いが、この数年でトランスジェンダー学生の状況は大きく改善されている。
大学が好むと好まざるとにかかわらず、トランスジェンダー学生に前向きに対応しなければならない社会状況になってきているということだ。

日本社会はここまで変わった

トランスジェンダーの社会進出に際して、よく「トイレはどうするのだ?」と問題にする人がいる。
しかし、たしかにトイレは日常的な問題だが、根元的な問題ではない。

容姿適合度に自信があれば、トランスウーマンなら女子用を、トランスマンなら男子用を使うのがいちばん無難だ。
自信がなければ、どこの大学にでもある「誰でもトイレ」(多目的トイレ)を使えばいい。

現実にはそれでほとんど何の問題も起こらない。
更衣室なども同様だ。
トイレのような枝葉末節を理由にトランスジェンダーを社会的に排除するのはもうやめてほしい。

日本最初のトランスジェンダー大学教員としては、18年かかってやっとここまできたという思いがある。
杉田水脈衆議院議員の発言のようにまだまだ無理解はあるが、日本社会はわずか20年足らずで、ここまで変わったのだ。

2018年5月、WHO(世界保健機構)の疾病分類(ICD)が改訂され、性同一性障害(Gender Identity Disorder)という病名の廃止が決定した。
同時に性別の移行を望むことは精神疾患ではなくなった(完全実施は2022年)。

トランスジェンダー学生がいることが当たり前のことになり、2020年の春、トランスウーマンの学生が何事もなかったかのように女子大学の門をくぐることを願っている。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る