ゲイ

先生がゲイだった! そのとき、生徒たちはどう思ったか

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2018年12月13日 配信
引用元:現代ビジネス

どんなふうに感じますか?

みなさんは、もしも学校の教壇に立つ先生がLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)だったとしたら、どんなふうに感じますか?

たとえば、自分の子どもが通っている学校に、LGBTの先生がいたとしたら。

僕は愛知県の、名古屋市に隣接する春日井市というところの出身で、今は東京で一人暮らし。
5・7・5・7・7の短い詩『短歌』の作家として活動しています。

そして、春日井市の文化財団から「学校で短歌の授業を開いてくれないか」と依頼を受け、市内の公立中学校へ講師として出向いています。

地元の学校の教壇に立てるなんて、とても光栄なこと。
依頼をもらったとき、ぜひやってみたいと思ったのだけど、心配ごとがひとつ。

僕、ゲイなんだけど、大丈夫なのかな?

歌人の鈴掛真さんは、エッセイ&短歌集の『ゲイだけど質問ある?』でも生々しい質問にもまっすぐに答えている。
自分が中学生のときには誰にもカミングアウトできなかったという鈴掛さんは、教師として中学校に足を踏み入れた時、いったいどうしたのだろうか。


僕は家族にも友人にも隠さず生活しているし、オープンリー・ゲイとしての体験を綴ったエッセイをいくつも執筆してきたし、今更しり込みすることなんてないわけだけど、学校となると話は別。

生徒の親御さんたちの中には、同性愛者に対して理解のない人がいるかもしれない。
学校の先生だって、同性愛者の講師を招くことに全員が賛成していないかもしれない。

教育というセンシティブで重要な任務を担う場、子どもだけじゃなくたくさんの大人たちが関わる学校という場で、「本当に僕なんかが教壇に立って良いんだろうか」と。

僕がそんなふうに躊躇していると、意外にも、学校からこんな提案が。

せっかく東京からお招きするなら、教師には話せないような人生観なども生徒たちにお話いただきたいです!

確かに、学校って、教科だけを教えてくれるところじゃないよね。

社会のこと、将来のこと、働くってこと、大人になるってこと。勉強だけじゃない様々な価値観を教えてくれるところであるはず。
だとすれば、LGBT当事者としての体験談は、これこそ子どもたちに聞かせるべき意義のある話なのでは!

こうして、学校側の意見に背中を押されて、講師として教壇に立つ決心がつきました。

では、僕が行っている授業の様子をご紹介しましょう。

教壇の上で生徒たちにカミングアウト!

中学校の授業は、1教科45分。
1クラスごとに45分の間で、和歌の成り立ちや、短歌の創作のコツなどが学べるカリキュラムを用意しています。
問題は、どうやってLGBTの話を切り込むか。

始業前、廊下を歩くと、すれ違う何人もの生徒が「こんにちは!」と元気良く挨拶してくれます。

教室に入ると「先生、イケメン!」と褒めてもらえることも。
少し照れながら教壇に上がって、チャイムが鳴ったら「起立、礼」の号令で授業が始まります。

はじめまして、鈴掛真です。
短歌の先生が来るって聞いて、どんなおじさんが来るのかなと思ったかもしれないね。
年齢は、みんなの倍くらいかな。
春日井市で生まれ育って、今は東京で仕事をしています。
今日は、言葉で表現することの面白さを伝えられたらと思います。

見慣れない講師の先生に、みんな興味津々。
教室の後方では、春日井市の職員たちや、国語の先生、学級主任の先生、校長先生まで視察にいらっしゃることがあるので、さながら授業参観日のよう。
注がれる数十の視線に緊張しながら、授業の中で最も勇気のいる瞬間がやって来ます。

ところで、みんなは『LGBT』という言葉を聞いたことがあるかな?
これはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの略で、近年、男の子同士や女の子同士でも恋愛したって良いんじゃないか、という考え方が少しずつ日本の中で広まりつつあります。
僕もゲイの一人として、同性愛者の存在を社会の中でもっと身近に感じてもらえるような仕事にも取り組んでいます。
さて、これから短歌の授業に入るわけだけど、その前に何か質問ある人はいるかな?

先生からの突然のカミングアウトに、目を丸くする子どもたち。

すると、やんちゃそうな男子生徒が、率先して挙手します。

初恋はいつですか?

いささかムチャ振りな恋愛トークに、生徒たちのテンションがアップ!
先生たちも「うちの生徒がすいません!」と言いたそうな顔で苦笑いしています。

中学校1年生のときに、同級生の男の子を好きになったのが初恋かな。
ちょうど今のみんなと同じ歳のときだね。

すかさず、もう一人の元気な男子生徒も挙手。

じゃあ、このクラスの中だったら誰がタイプですか?
コラッ!
先生もう30歳超えてるんだよ!
それで君たちの中から好きなタイプを選ぶって、それはさすがにマズいんでないかい!?

生徒も先生たちも大爆笑で、廊下の外まで笑い声が漏れるほど大いに盛り上がりました。

空気が充分に暖まったところで、やっと短歌の授業に入ります。

もしも45分間LGBTの話を聞かされると思うと、子どもたちは退屈するかもしれないけれど、僕はこのようにアイスブレイクの一環としてのカミングアウトに留めるようにしています。

その方が、同性愛者は特別ではなく身近な存在だということを体現できると思うからです。

そして、基本的に生徒たちからのどんな質問にも答えるつもりです。
もしかしたら、同性愛について否定的な意見が挙がるかもしれない。それでもOK。
まずは、同性愛者と面と向かって意見を交わす機会を子どもたちに与えることが大切。

テレビやインターネットなどの一方的に与えられる情報だけで同性愛に嫌悪感を募らせるより、たとえ意見のぶつかり合いになったとしても生身の同性愛者と対峙する方が、子どもたちの精神の発育に良い影響を与えると思うのです。

生徒や先生たちの反響は?

授業の後は、校長室に案内されて、給食をいただきながら先生たちと反省会。
評価は概ね上々で、国語の先生から「私の授業ではいつも退屈そうにしている生徒が、鈴掛さんの話は真面目に聞いていて嫉妬しちゃったわ!」と、冗談交じりに褒めていただけたこともあります。

生徒たちには、宿題としてその日のうちに短歌を作ってもらい、授業の感想といっしょに用紙に書いてもらいます。

次の日に学校で回収し、後日東京に郵送してもらった短歌を見てみると、自分の想いを慣れない言葉で表現しようと健闘した素晴らしい作品ばかり。

そして感想には、
同性愛者の人に初めて出会いました
ゲイの人の経験談が聞けて良かった!」と、やはりポジティブな意見が多く見受けられます。

いまだに地毛の茶髪を黒に染めようとする閉鎖的な学校もある一方で、近年LGBTが急速に認知され理解されてきたことに準じて、日本の教育も少しずつ変わってきている印象を受けます。
むしろ、教育としてLGBTの知識を取り入れたくても、それを子どもたちに正しく伝えられる指導者が見つからないというジレンマを、学校は抱えているんです。

ゲイである僕自身が「本当に僕なんかが教壇に立って良いんだろうか」と心配してしまっていたけれど、教育現場は思うよりもずっと進歩していて、僕たちLGBTが今まさに求められていることを実感しました。

カミングアウトはわざわざしなくてもいい?

とはいえ、「たとえ先生がゲイでも、わざわざそれを授業で打ち明けなくても良いんじゃない?」と感じる人もいると思います。

実際、ある学校の先生からは、こんな要望が。

先生がゲイだと知ってしまうと、せっかく短歌の授業を開いてくださるのに、生徒たちが短歌を学ぶということに集中できなくなってしまうのではないか。
今回は、ゲイであることに触れずにお話いただけないでしょうか?

こういう心配って、いろんな場面で誰もが抱いてしまうものなんじゃないかな。
特に、親御さんや、たくさんの生徒を抱える先生たちは、子どもにはあえて危ないことをさせず、穏やかな毎日を過ごせるように気を遣うもの。

けれど、例えば講師が、日本語が流暢だけど実は韓国の出身だとします。

先生が韓国人だと知ってしまうと、生徒達が授業に集中できなくなってしまうのではないか。
今回は、韓国人であることに触れずにお話いただけないでしょうか?

そんな提案があったとしたら、時代遅れもはなはだしいですよね。人種差別であることは、誰の目から見ても明らか。

出身を隠して「日本人のふりをしてほしい」と強要するなんて、講師は韓国人であるという自身のパーソナリティを否定されて、深く傷つくでしょう。

同性愛者に対しても、同じこと。

セクシュアリティは、その人を構成する大切なパーソナリティのひとつです。
カミングアウトする、しないは、個人の判断において尊重されるべきであって、他人が強要したり妨げたりして良いものではないんです。

さらに、生徒たちが書いてくれた僕の授業の感想を読んで、たとえ先生がゲイだからって、子どもたちが学びに集中できなくなることはないと確信しました。

子どもたちは、大人が過剰に心配しなくても、物事を判断して分別する力をしっかり持っています。
危ないから、と鳥かごの中に閉じ込めておくのではなく、様々なものを見せ、経験させ、様々な人と交流させ、考えさせる。
そのとき、その子が何を思うかが大切なんです。

それこそが『教育』のあるべき姿なのではないでしょうか。

授業後、僕の元にきた男子生徒

また別の中学校で、授業を終えたときのこと。

みんなが給食の準備を始めて、僕も授業の後片付けをしていると、スラッと背の高い一人の男子が教卓までやって来ました。

先生。
先生はいつ自分が同性愛者だって気づいたんですか?

授業の間は、特に何も発言しなくて大人しい生徒だと思っていたけど、わざわざ質問して来てくれるなんて、熱心な子だな。

僕はね、幼稚園くらいのときには、もしかして自分は他の男の子と違うんじゃないかって思ってたんだ。
だから、もう君の歳の頃には、自分がゲイだって理解していたかな。
そうなんですね。
ありがとうございます。

彼は、軽くお辞儀をすると、賑やかな生徒たちの中へ戻って行きました。

その後の反省会で、先生がこんなことを仰いました。

授業が終わった後に、鈴掛さんに何か質問をしに行った男子がいたでしょ。
あの子ね、実は学年で一番手のかかるヤンチャな子なんですよ。
そんな彼が、自分から先生に質問しに行くなんて、驚きました!

それは、とても不思議な体験でした。

同性愛について質問をして来たからって、僕は彼がゲイだとは思いません。
ただ、きっと何か彼の中で、思うことがあったのでしょう。それが何かはわからないけれど、世間には、同性愛者という人たちが現実に存在していることを知り、そんな人たちと面と向かってコミュニケーションをとってみようと、自ら行動してくれたことは確かです。

彼の人生の中で、そんなアクションのきっかけを与えることができたのは、なんて有意義なんだろう。
僕は静かな感動に包まれました。

今後も、地元の春日井市の中学校を回り、少しずつ全国の学校でもオープンリー・ゲイの講師として授業を行っていく予定です。

同性愛者と対峙したとき、生徒たちが何を感じ、何を思うか。

これからの日本を牽引する存在となる若者たちに、まずはその機会を与えることが、今の教育現場に必要なのではないでしょうか。

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