志乃です。
何と珍しく(珍しいかまだ分からない)前回の話の続きの「ような」お話を。
「ごっこ遊び」
子供のころ、憧れのヒーロー、ヒロイン、其れこそロボットそのものでも、職業でも、いろんなものに「なりきって」遊ぶのが「ごっこ遊び」ですね。
何歳ごろからなんでしょう、ごっこ遊びから遠ざかるのは?
一般的に大人を意識し始める中学生ごろから「らしい」のですが、これという年齢を聞いたこともありません。
「恥ずかしさ」に過敏になるという面からの推測であればそのころかな、とあくまで個人的な推測です。
ですが、「本心」で「辞めた」のでしょうか?
それとも、かくして心の中では再開のチャンスを狙っている?
私は、小学生時代から、基本的な趣味はあまり変わらず、特定の年齢でそれを隠したり一時的にでも辞めたりせず、完全にマイペースで「いまだに」続けています。というより、「歳とともに増えている」とも言えます。そりゃ年齢とともに情報は増え、興味も増し、その中で自分の中に取り込みたい、そう思えるものは、減るよりは増えるほうが早いと、そういうことなだけです。個人差でしょうが。
無論、飽きてしまうということもあるでしょうが、私にはどうやら「飽きる」というところに到達するまでにはまだかなり年月を要しそうです。
私の世代ですと、洋画邦画を問わずアクションムービー全盛期だったこともあり、ついつい見ていたので「あの役者さんのような身のこなし」を憧れ、真似てみたり(できるとは言いません)なども「ごっこ」です。
コスプレもある種の「ごっこ」ですね。「キャラ(役)」になりきるのですし。
ここで、「遊び」という言い方ですべて進めておりますが、私の性格上の話を少しはさみますが、
「本気で遊べない人は、本気で仕事も生活もできない」という基準値を設けております。
要は、「何事にも半端などない」ということですが。
で、ここでも少し難しく、迷ったのですが…
「遊び」と括るのはもっと人間の根底に触れるものと思っているので。
「トランスベスタイト(Transvestite)又はクロスドレッサー(Cross dresser)」と呼ばれている「異性装者」について。
私の中では、
「こんな格好いい男になりたい(若しくは立ち振る舞いをしたい)」という場合、男性装。
「可愛い(綺麗な)ものが着たい」「可愛い(綺麗)と見られたい」という場合、女性装。
ただ、双方「必ずそう」という訳でもないです。
「可愛い男性」と呼ばれたいときも、「格好いい女性」と呼ばれたいときも、またあります。
ですが、私は「趣味とTPOの中間」のようなポジションにこれらがありますが、「もっと(着衣をしている間だけでもという意味で)服装に寄った性別に心からなる」という「自分の中の二面性を表すきっかけとして」という場合も耳にすることが多いです。
「似合うから」というものすごく解りやすく、シンプルな方もいます。一歩間違えたら爆弾ではありますが、でも事実だから仕方がないですね。
私だとこのように思うわけで、
「若くて何着ても可愛くて奇麗で良いわね~私なんか何をどうやってもおばさんですよ~だ(プイ)」
と
「ものすご~く、心の狭い醜い性格不美人」なわけです…ハァ…
こんな話して、じゃあ?
ってのは、このコラムでは無いのです。ごめんなさい(笑)
私の不定期且つ気分転換の「ごっこ」遊びは、
「観光じゃなく、そこそこ日本に住んでいるけれど、毎回期間が短めで生活面でもあまり困らないので日本語ちゃんと覚えず買い物に来ちゃいました(テヘ)」という「なんかあのお客さん日本人じゃないらしいので…」
といったはた迷惑な遊びをしておりますが、買い物も何もしないとかそういうわけではありません。買い物はしますよ?
私自身、お客様相手の仕事に従事していることもあり、いやらしい話、「お店の対応の質」のチェックを「これから通いたいお店」を決める際に利用するのですが、
「そんな嫌がらせして…」と言われそうですが、
私のお客様は「何処の国からおみえになったかすら愚問に近く、多様で、毎回違うことも多い」という職業なので、
「毎回日本人が日本語で買いに来る、とこの時代に思っているとしたら将来性は低い」と、こういう部分に関してはものすごく「シビア」というより「冷たい」のかもしれません。別に同業他社とかではないです。私の同業種はいないので。
で、私の場合の服装に関してのことは、厳密に言ってしまうと、
「何を着ても異性装」でもあり「そのまま」でもある、としか言えませんね。
仕事同様、自分と同じ人はいないので、「自分以外=異性」という図式なので。
だから、「気は利かない、面倒くさい」が冠につくのです。
それではそういうわけで、また次回
チャオチャオ~
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