【第6回】括るのも括られるのも嫌というより面倒

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Bonsoir.

 

こんにちは、志乃です。

LGBTという言葉も、ここ数年で幾分浸透(しすぎ?)かとも思われますが、

この単語が既に誤解を招くものでもありますが、端的に伝える場合にはこのような言葉も必要かもしれないというのはどのようなジャンルでもあることなので深く突っ込むこともない(訳がないコラムです

 

場合によっては

LGBT○○○○・・・

などと下手をするとピカソのような状態にもなりうるものでもあります。

そりゃ世間的に多数とされる側からは、ジャンル分けしないと音楽のごとく伝えるのも難しいのも確かですが、

「音楽だってそんなに他人に正確に説明しないじゃない!」と熱暴走する私ですが・・・

で、ここで便利といえば便利、しかし誤解も生みやすいものの代表格でもあるのが、私も呼ばれる側でもあります、

「Xジェンダー」

という区分です。

私としては単に「区分するには複雑極まりなく、ただ名無しは辛いだろうから」のような

「(仮)」とも「課長代理(誰」みたいな「あー、なんかあるような~」という感覚がほとんどです。

実際、私が「そうなんじゃない?」と「よばれた」発端でもありますし、こちらももやもや~としたままよりはまあ、とも思えたので、

「尋ねられたら」という形では使います。自分で言うと未だにしっくりこないのと、中には「Xジェンダーという固有の性別」のように誤解も招きかねないので。

仮に自分で自分のことを知りうる限りの単語で説明をするとなると、

「ジェンダーフルイディティパンセクシャルトランスベスタイト風ビアンのかおり」なんて、どこぞのレストランの創作料理のような「カプリチョーザ(シェフの気まぐれ)でいいじゃん!」くらい「ハイ、どうぞご自由に」と逆にあっさりスルーされそうな感じすら漂う、かといってこれで正確に言いきれたとも自分でも思えない複雑さ。

これはまだ「自分の名称」としてだけならまだしもというのが更なる「面倒くさい奴・・・」と呼ばれる所以でもあります(個人差がありますw)

なんせ上記の説明に「ジェンダー」が「固定できない」となっているように、自分自身の中でも、相手からしても見え方から気持ちまでが異なるが、人格が個別なのではなくすべて延長線上にあるので、

例えば私が誰かに想いを寄せたとした際に、先ず「どの性で」、「どの性を」、となり、もう一人気になる人がいた場合にそれがまた別の基準値にあった場合は「ややこしい」と自分ですら思ってしまうので、やはり「あ、ザックリXでいいです」と鞘に納めてしまうことも屡々。

 

で、更なる私のもやもやが生まれるのでした・・・

続く・・・かも?

 

それでは

チャオチャオ~

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